Musk v. OpenAI
@snakajima: 中国語圏のAIウォッチャーAYi氏のXポストで、現在進行中のMusk対OpenAI訴訟(Elon MuskがOpenAIの設立趣意に反したとして起こしている裁判)の三日目に、Muskの弁護団が「これまでで最も致命的な証拠」を提出した、と伝える投稿です。 その証拠というのが、OpenAI共同創業者で社長のGreg Brockman(グレッグ・ブロックマン)の私的な日記です。日付は2017年11月6日。共同創業者でチーフサイエンティストだったIlya Sutskever(イリヤ・サツケバー)との会議を終えた直後にBrockmanが書き残したもので、そこにはこう記されていたとのこと。 「我々が本当に望んでいるのは営利の構造だ(What we really want is a for-profit structure)」
「もし3ヶ月後にそれを実行するなら、これまでの約束はすべて嘘だったことになる(If we do this three months later, all the previous promises will have been lies)」
これがなぜ「致命的」なのか。OpenAIは2015年に「人類全体の利益のためにAGI(汎用人工知能。人間と同等以上の知能を持つAI)を開発する」という理念を掲げた非営利団体(Non-Profit。利益を株主に分配しない公益法人)として設立され、その理念に共鳴したMuskが$50million超を寄付した、という経緯があります。Muskの訴えの根幹は「私はNon-Profitだから寄付したのに、その後OpenAIは営利化に舵を切った。これは設立時の合意に対する裏切りだ」というものでした。
Brockmanの2017年の日記は、その主張をほぼ完璧に裏付ける一次資料になり得ます。「これまでの約束はすべて嘘だったことになる」と書いた本人が、その「嘘」を実行に移していった、という構図が成立してしまうからです。OpenAIが営利子会社(OpenAI LP)を設立したのは2019年3月。日記の日付から1年4ヶ月後のことで、「3ヶ月後」というBrockman自身の時間軸からは少しずれましたが、方向性としては完全に一致しています。
この件が、私が直前に紹介した「OpenAIがMicrosoftとの契約からAGI条項を削除した」というニュースと、見事に繋がってきます。AGI条項は、OpenAIの設立理念を契約レベルで担保する装置でした。それが今月削除され、OpenAIは「ただのAI企業」になる準備を整えています。Brockmanの日記は、その流れが2017年の段階ですでに内部で決まっていたことを示唆しているわけです。
さらに、先日のSam Altman氏のOpenAI Startup Fund問題(Altmanが個人で所有していたファンドを取締役会に開示していなかった件)と合わせると、OpenAIという組織が「Non-Profitの理念」と「営利的な実態」のあいだで、どれだけ長い時間ダブルスタンダードを抱えてきたか、という像が浮かび上がってきます。設立から営利化、そしてIPO(株式上場。会社の株を一般に売り出すこと)準備に至るまで、表向きの理念と内部の本音が、ずっとズレ続けてきた、というわけです。
私が注目するのは、この訴訟の結果がOpenAIのIPOスケジュールに直接影響する可能性です。AltmanはQ4 2026(10〜12月)の上場を押し切ろうとしていますが、IPO目論見書には「重大な訴訟リスク」を開示する義務があります。Brockman日記のような一次証拠が陪審員の心証に強く働けば、損害賠償だけでなく、Non-Profit時代の資産(つまりOpenAIの中核技術そのもの)の扱いまで争点になる可能性があります。これは投資家にとっては、相当に重い不確実性です。
もう一つ私が興味深いと感じるのは、この情報がまず中国語圏のAIコミュニティで拡散している、という点です。米国メディアが裁判の細部を追いきれていない一方で、中国語圏のウォッチャーたちは法廷文書を直接読み込み、AYi氏のように要点だけを切り取って一気に拡散させています。AI業界の情報流通の中心が、もはや英語圏だけではなくなってきている、という象徴的な現象です。
「AGIを全人類の利益のために開発する」という創業のロマンは、Brockman自身の手によって、2017年の時点ですでに「嘘になる」と予言されていた。Muskが訴訟で勝つかどうかは別として、この日記が法廷に提出された瞬間に、OpenAIの設立神話は事実上、終わりを迎えたのだと、私は受け止めています。